――あの日、僕らは熱に浮かされていてどうかしていたんだ。

 二万ヒット記念「二人の狂人」

 話の始まりは偶然の出会いにより。

 この前、喫茶店でA君とお喋りしたんですよ。一応、説明までに言うと、A君は凄いお金持ちなんです。自宅は東京ドーム二個分の敷地にプール付き。別荘も数多く所有しているし、停電になったら一万円札に火をつけて明かりにするぐらいのリッチマン。
 正直、住む世界が違う異次元の生命体です。本来、知り合う可能性など絶無だったんですが、縁があったらしくいつの間にか友人になってました。
 気さくで明るく聞き上手なお金持ちというA君は、私の今までの偏見をぶっ潰してくれ、「ああ、やっぱり真のセレブは一味違うぜ」などと思ってしまう程、素晴らしい人間でした。
 で、色々な話題で盛り上がっていると、テレビから未成年の凶悪事件が聞こえてきました。A君はそれを聞いて、眉を顰めました。そして、一言こういったのです。

「可哀想に。彼には心配してくれる執事がいないのか……」

 いやもう耳を疑いましたし自分の脳も疑いましたよ。
 だって執事ですよ? 執事。ヴァトラー。
 そんな者、普通の一般家庭にいるわけないじゃないですか。
 さすが、お金持ちは一味違うぜって思いましたよ。
 で、まあ詳しく聞いてみる訳です。

 すると、出てくる出てくる。
「父も母も家庭を顧みない人だった。執事のヨーゼフだけが僕を愛してくれた」
 だとか
「寂しさから非行に走る僕にヨーゼフは泣きながら平手を打った。今でもあの痛みは忘れない」
 だとか
「紅茶はヨーゼフの入れたものが一番美味い」
 だとか
 とにかく二時間ノンストップ。思い出話から思い出話。そして、二の句といえば「ヨーゼフ」が来る。本当に美しいお話でしたよ……。
 いやね。最初は呆れ返ってたんですが、だんだん羨ましくなったんですよ。
 いつの間にか、私の心中は執事一色。
 執事欲しい、執事欲しいとエンドレスリピート。
 とはいえ、現実的な話。執事って雇うのに幾らぐらいかかるの?
 参考までにA君に聞くと、相場は庶民にはちょっと払うのが不可能な金額でした。そうですねー、ドルで言うと年三十万ドルぐらいです。
 かくして、私の夢は儚く散りました。
 しかし、諦めきれない。
 そこで、A君に庶民でも執事との交流が出来る方法は無いか聞いてみました。
 せめて一時的で良いからと。
 するとA君はこう言いました。
「ほら、最近メイド喫茶ってあるじゃない。それと同系列で執事喫茶というのはどうだろう?」
 執事喫茶っていう聞きなれない単語より、セレブも知っているメイド喫茶ってどうなんだろう? と思いましたが口には出さず、もしかしたらA君はお金持ちでありながらオタクという十字架を背負っているのかと悩みました。
 でも、それは些細な事なのでスルーしました。
「執事喫茶……ねえ」
 その後、A君が語った理想の執事像はどこのウォルター・C・ドルネーズや山岡なんだよと言わんばかりの内容でした。A君はお金持ちですが、割と濃い目のオタクだと言う事が発覚しました。
 でも、それは解かる私もオタクという事なのでスルーしました。
 人は自分の過ちを他人を通して見ると発狂します。
 それはさておき。
 長々と話を聞いていると不思議なもので、執事喫茶が商売的にいけそうな気がしてきます。メイド喫茶なんか目じゃありません。目指せ年商三億。凄いあこぎな商売が出来そうです。
 こうなるともう止まる余地などありません。
 私とA君は綿密に執事喫茶の計画を練る事にしました。
「執事はやはりイギリス人が望ましい」
「六ヶ国語ぐらいは喋れないと駄目だ」
「身長は百八十以上。だが、細身が好ましい」
「片眼鏡ははずせん。無論、燕尾服もだ」
「…………etc,etc」
 はっきり言って、気が狂っているとしか思えない会話。
 執事喫茶というコンセプトなので、拘る部分ではあるのですが、昼間の喫茶店でこんな事を言っているのは百歩譲っても気が狂っている。
 全ての設定が決まるとA君は愉快そうにスキップしながら帰っていきました。
 その足取りは、抜け出せない地獄に向かっているような錯覚。

 ……これが全てに繋がる過ちでした。

 続く予定。

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