劣勢。
 たった一枚のカードによって封殺されている現状を、たった一言で示すならそれしかない。

 ・

 《ゴールドメドウの重鎮/Goldmeadow Stalwart》。
 《皺だらけの主/Wizened Cenn》。
 《メドウグレインの騎士/Knight of Meadowgrain》。
 《栄光の頌歌/Glorious Anthem》。
 そして《民兵団の誇り/Militia’s Pride》。
 既に相手のライフは致死圏に突入し、もう一度だけ殴る事が出来ればそれで終りだというのに――相手の場にある《テフェリーの濠/Teferi’s Moat》が決してそれを許さない。
 対戦相手が「指定は白で」と呟いて置いただけ。それだけなのに、なんという支配力。
 心中で「畜生、俺が始めた頃にはあんなに影が薄かったのによ!」と吐き捨ててみても、当然ながら現状に変化など訪れやしない。

 インベイジョン、そう自分がこのゲームを始めた時にちょうど出たエキスパンション。
 その時、最初に買った三パックの中に入っていたレアカード。
 使おうと思う以前に、初心者だった自分にはあまり効果が解らなかった。
 だから簡単にトレードに出した。得たものは何だったかいまいちはっきりと覚えていない。
 多分、白のアンコモン何枚かだったと思う。
 あれから七年、まるでその時トレードに出した事を恨んでいるかのように、時のらせんで蘇った《濠》は自分を苦しめている。
 あの頃の自分には解らなかった強さが解るという……その成長を喜ぶべきだろうか?
 まあ、そりゃ結構長い期間だ。成長もするさ。そう適当に納得して、手札を睨む。
 ――なんにせよ、今のところ打つ手はないな。
 手札にはまだ後続のクリーチャーはいる、だが、出してもなんら解決にならない。
 それどころか相手が《神の怒り/Wrath of God》を打つ時に愉快になる度合いが増えるだけだ。
 大人しく、相手にターンを返す。
 相手は割られなかった事にほっとした様子で、フルタップしていた土地をアンタップし始めた。

 六十枚のデッキに、あれを捌けるカードは一種類のみ。
 《忘却の輪/Oblivion Ring》、コモンでありながらおおよそ全てのパーマネントに対処できる万能のエンチャント。
 あれを引ければ、この眼前の忌々しいカードを忘れる事が出来る。そして、勝つ事も、出来る。
 《濠》が出る前なら《ガドック・ティーグ/Gaddock Teeg》でも良かったんだが……。
 
「ん、ターン終了」
 何も引かなかったのか、相手は土地を置く事もなくターンを返した。
 相手のターンに何かを出来る訳もないので、そのまま宣言を受け入れてこちらのターンへ。
 ドローする指先に少しだけ念じて、手元に引き寄せる。
 《皺だらけの主》。
 おいおい爺さん、そんなに強化しないでもあと一回通れば相手死ぬぜ。
 カードは当然ながら反応を返さず、ただ静かに手札の一部となった。

 はあ、やれやれ。
 少しだけ考える素振りを見せつつ、
「ターン終了」
 と呟く事しか出来ない悲しさ。
 そういうデッキってのは解ってもいるけどさ。

 それから何ターンか過ぎた。
 俺の手札はあっという間に七枚を超えそうになり、ディスカードするよりは……と仕方なくクリーチャーをプレイするだけ。
 相手の場は着々と整備され、土地はズラリと並び、そして今《アダーカーの戦乙女/Adarkar Valkyrie》がプレイされた。
 そして相手は悠々とターンエンドを宣言する。
 いいかげん、引いてくれよ。なあ。
 最も相手の土地は《島》《島》《アダーカー荒原/Adarkar Wastes》《平地》と立っている。 
 おそらく《謎めいた命令/Cryptic Command》か《妖精の計略/Faerie Trickery》があるんだろう。
 今更引いても、もう遅いってのは想像がつく。
 だけど、もしかしたらってのがあるじゃないか。

 もしかしたら、相手のカウンターは一枚しかなくて。
 もしかしたら、こっちが二枚連続で《忘却の輪》引いて《濠》を取り除けて。

 勝てるかも、しれないじゃない。
 さあ、相手の《アダーカーの戦乙女/Adarkar Valkyrie》がこっちを殴りきるまでの六ターン。
 その間に四枚ぐらいは、簡単に引いて見せましょう。

 もう指先から、掌全てに行き渡っているじゃないかってぐらいの念を込めて――祈るように引いた。

 ・

 結局、そのあと一枚だけしか《忘却の輪》は引けず。
 もちろんそれは簡単に《妖精の計略/Faerie Trickery》に弾かれてしまった。
 そして、俺は自由の女神に良く似た《アダーカーの戦乙女》に殴りきられてしまったという訳だ。

「いや、輪を引かれるのが遅かったんでなんとかなって良かったです」
「そだな。もちょい早く何枚か引ければ、どうにかなりそうだったんだけど」
「張ってから四ターンぐらいはカウンターも何も無かったんで、そうですね」
 その言葉に、俺は一言呟く事しか出来なかった。

「Nice Moat.」

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